週刊モーニング誌に連載中の大人気ワイン漫画「神の雫」のコラム(2008年4月17日号)神の雫 続 今夜使えるワイン談義 D.R.C.サイトウのコレなら飲めるっ! 第57回に掲載
いまカリフォルニアで最も注目される元詰めワイン。
栽培者が瓶詰めまでの全工程を行う元詰めワインは、ボルドーでは「シャトーもの」、ブルゴーニュでは「ドメーヌもの」と言われ、原料を買って造るワインよりも重宝されている。 米国ではこれと対照的に、元詰めが品質を左右することはないと言われてきた。しかし、近頃の様子からすると、状況は変わりつつあるのではと筆者は見ている。
今回は元詰めワインのなかでも、筆者が心酔するパライソ・ヴィンヤーズの『ピノ・ノワール』とともに、所有者リチャード・スミスとの思い出を紹介する。 リチャードは毎朝、1時間半をかけて葡萄園の中を散歩する。葡萄の育ち具合を確認するのを兼ねてとはいえ、とにかく几帳面な彼らしい日課である。 筆者も滞在中はそれに付き合うのだが、環境保全を実践する葡萄園だけに、「山猫や猪に襲われないように注意しながら」である。散歩とはいえ難儀なものである。 それでも彼は「よいワインはよい葡萄からしか生まれない。葡萄を育てるのは子供を育てるのと同じ。大変なのは当たり前」とそつのない言葉を返してくる。 みずからの努力を殊更に語る生産者は多いのだが、素晴らしいワインの割りに、彼の力みのなさは拍子抜けしてしまうほど。そのとき、彼は栽培者なのだと筆者は実感する。
米国では元詰めワインは「エステートもの」と呼ばれる。ただし、おおよそのワイナリーは、栽培者から葡萄を買ってワインを造るので、エステートは限られている。 彼はみずからを「本業は葡萄栽培者」と語る。その葡萄はロバート・モンダヴィやベリンジャー、セインツベリーなどの米国を代表するワイナリーに供給されている。 彼のワインは所有する畑のうちの最上区画から生まれる。本業の事情もあってか、彼はそれを語ることもない。でも、葡萄に対する愛情は見ていて泣けるほどに強い。
その彼がいま最も気になるのは「シラー種のワインのような濃いピノ・ノワール種のワインが増えるなかで、本来のエレガンスが失われつつある」こと。 映画『サイドウェイ』による米国のピノ・ノワール・ブームが原料高を招いた。いまやピノ・ノワール種の卸値は、カベルネ・ソーヴィニヨン種の2倍である。 その原料高をカバーするため、高値で売れる濃くて力強いワインを造るという選択もある。その一方で、彼はあくまでも「強さとエレガンスの両立」にこだわる。
散歩の途中、筆者の子供がまだ小さいことに話が及んだ。「私はもう孫もいる。君はまだ頑張りつづけなくてはいけない。これからも色々な人達と出会いなさい」との言葉をいただいた。 彼が葡萄園を拓いた1970年当時、一帯は野菜畑しかなかった。それを切り拓き、米国で最も注目される栽培地を築き上げてきた人物だけに、その言葉は重かった。
【パライソ・ヴィンヤーズ『ピノ・ノワール』サンタ・ルチア・ハイランズ 2005年】の評価指標
コストパフォーマンス度 |
10 |
いまや納得できるピノが5000円未満で見つけることは至難である。 |
飲みやすさ度 |
10 |
溢れんばかりの果実味に加えて、ベルベットの肌触りがとても気持ちよい。 |
飲みごろ度 |
8 |
10年は楽しめるだろうけど、いま美味しいので飲み干してしまうだろう。 |
将来の価格上昇度 |
8 |
元詰めであることのメリットを消費者に還元してくれることを期待したい。 |
渋み/8 香り/8 複雑さ/8 硬さ/8 酸味/7
※D.R.C.サイトウのひと口メモ
艶やかで吸い込まれそうな美しいルビー色。赤や黒のベリー類がたっぷりと載ったバスケットに加えて、貝殻やチョコレートの風味がある。やわらかで肉厚ななかにも、酸味やミネラル、スパイスがあって張りがある。飲みごたえのある比較的しっかりとした仕上がりをしているものの、エレガンスも感じる。(講談社 週刊モーニング 平成20年4月17日号 掲載)
【DRCサイトウ氏 プロフィール】ワイン・スクールで数千人の「ソムリエ」の受験指導を行い、また、世界の銘酒を飲み尽くすワインの達人。ちなみにD.R.C.は有名ワイナリーの略語ではなく、「休業中の敬愛すべき軟派野郎(Dragueur Respecte Chome)」のこと(笑)。