正直に言うと筆者はオーストラリアは今の時代が求めるデリカシーもないままに、安くて飲みやすいだけのワインを吐き出し続けていると思っていた。でも、実際に旅をしてみると、オーストラリアなりの様々な課題を掲げ、それに対して誠実に応えようとしていると感じた。今回から数回にわたってオーストラリアで出会った感動的なワインを紹介したいと思う。
筆者が西オーストラリアで滞在したハップス・ワイナリーは、経済学教授だったエルランドとピアノ教師のロスリンの夫妻が1980年に設立した醸造所だ。当時はまだマーガレット・リヴァー地方に数軒のワイナリーしかない時代である。「(自分とこの地方の)可能性に挑戦してみたかった」とエルランドは当時を振り返る。 そのハップス・ワイナリーは比較的手を伸ばしやすい低価格帯のヴァラエタル・ワイン(品種名を掲げるワイン)を手掛けるほか、1994年にプレミアム・タイプを狙ったスリー・ヒルズ・シングル・ヴィンヤード・エステイトを設立した。プレミアムと言っても、直売で30〜55豪ドル(約3000〜5000円)ほど。安すぎて笑いが止まらない。 その中の旗艦銘柄が「スリー・ヒルズ・シラーズ」だ。「ピノ好き」を自称する筆者としては、それまで「シラーズを飲むと血が穢れる」とうそぶいていた。でも、これはそこいらの甘ったるいシラーズとは違う。慎みや深みを感じる、お世辞抜きにして美味しいワインである。 この深みを出すために、エルランドは収穫を3月下旬から4月初旬まで待つ。ほかの生産者から比べると2〜3週間も遅い。それを可能とさせるのも、マーガレット・リヴァーの南端カリデイル地区に葡萄畑を設けているため。インド洋と南氷洋に挟まれた立地は、ふたつの海の影響によって、この地方で最も冷涼な気候に晒されている。 この気候が収穫を遅らせて、葡萄の風味を深くするのに加え、果汁中の有機酸を高く保つ。そのため、醸造過程で有機酸をわずかに補うだけで、優雅で精妙な雰囲気を失わないでいられる。まるで数万円もするコート・ロティ(シラーの原産地フランス・ローヌ地方の村)の最優良品を飲んでいるような心地である。
残念ながら生産量が6000本程度に限られるため、日本でみかけることはない。しかし、気軽な値段で満足のいく出来映えのパップス・ワイナリーの幾つかの銘柄は流通している。まず、こちらで味見をしてみて、お気に召すようなら、ご自分で西オーストラリアまで買い付けにいってみるのをお勧めする。
[スリー・ヒルズ・シラーズ2003年]の評価指標 ・コストパフォーマンス度/9/豪州シラーズとしては最高峰の出来映えだけに値頃感がある。 ・飲みやすさ度/9/シラーズにありがちな臭みがないので飲み手を選ばない。
・飲みごろ度/9/いま美味しいのはもちろんだが、20年は楽しめるだろう。
・将来の価格上昇度/8/上昇必至だが、できることなら現状維持を願いたい。 ・渋み/7 香り/8 複雑さ/8 硬さ/7 酸味/6
※D.R.C.サイトウの一口メモ 落ち着きと深みを感じさせる雰囲気がある。見透かせないほど深い暗赤紫色をしており、湿気を含んだ落ち葉の風味の中に、ブラックベリーやミルク・チョコレート、スパイスの風味が混ざる。 ビロードのような肌触りがあり、きわめてバランスが良いので、何かが突出した印象を受けることはない。 |